災害時に威力を発揮するIP 携帯電話の可能性

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志村明彦

今回の震災で発生した携帯電話の通信不能にどう対処すべきか。有事に強いネットの利点を携帯通信にいかに活かすかを考える。

通信不能2つの問題

 

ライフラインとして定着していた携帯電話。今回の大震災では直後から極度につながりにくくなるという事態に陥りました。

災害時の安否確認の電話は誰しもするものです。そのなかで、多くの携帯電話が通話不能になる事態が数時間にわたって続き、その後、数日間、電波がつながりにくい状態となっていました。

こうした事態に対処するためには、大きく分けて二つの問題を解決すべきだと考えています。

一つは、音声通話の仕組みそのものに由来する問題です。携帯電話は、音声品質を確保するため基地局と端末間で一定の周波数を確保、占有する仕組みになっています。そのため、今回の災害時には人々が一斉に電話をかけて受発信が想定を超え、瞬く間にキャパシティオーバーとなったのです。このまま放置しておくと輻輳が発生し、各キャリアの通信網が大規模に利用不可能になり、緊急電話などが利用できなくなってしまいます。これを避けるため、各キャリアは震災直後、大幅な通話規制をかけました。東北、関東全域などでNTTドコモは発信を80%にまで抑え、KDDIでは発信を70%、着信で50%の規制をかけました。この他に、ソフトバンクも茨城、福島で最大90%の発信規制を行いました。こうした規制は当日の夜まで数時間にわたってつづけられたのです。

この通話規制の次にあげられるもう一つの問題が、携帯電話会社の通信設備(基地局)が地震や津波で破壊されてしまい、電波そのものが送受信できなかったという物理的理由です。

携帯電話会社は高い通話品質をユーザーに提供するために、常に設備投資、設備のメンテナンス、改良を行っています。携帯電話が圧倒的に高い通話品質を維持できるのは、巨額の設備投資を行い、多数の基地局を日本中に張り巡らせているからです。

しかし、今回の大震災は、それら多くの設備にダメージを与えました。そのために、いつまでも携帯電話がつながりにくい状況となってしまったのです。

これは携帯電話が無事であっても、広範囲の基地局が破壊されれば通話できないという、きわめて単純な事象に起因するものでありながら、平時には想定しがたいリスクを痛感させる出来事でした。

とはいえ、たいへんにリスクヘッジが困難な話ともいえます。基地局の復旧には物理的な解決しかなく時間を要するものとなりますから、一刻を争う災害時には脆弱な環境といわざるを得ないのかもしれません。過密回線を回避する

携帯電話での通話が輻輳でかかりにくくなる一方、インターネットへのパケット通信は機能していました。インターネット回線はIPパケットを基本にしているので、一つの設備に対して利用者が増えると通信速度は遅くなりますが、データは確実に届きやすい仕組みになっています。

この震災においてもインターネット回線では、コミュニケーションツールがいつも通りに機能し、たとえばツイッターでの安否確認なども行われました。

音声通話よりIPパケットをやりとりするインターネット回線の方が災害時に強さを発揮したとすれば、IPで音声通話をやりとりすることが災害時に最良の通信を提供してくれるといえるのではないでしょうか。

つまりIP電話(IPフォン)と呼ばれるものです。以前より実用化されており、決して新しい技術ではなく、企業では050番で始まる固定電話がかなり普及していますし、個人ではNTTのひかり電話など、IP電話の利用者も少なくありません。

IP電話は従来の音声通話と違い、音声をIPデータとして扱うため、データ圧縮方法など技術力次第では多くの人の通話を少ない帯域で処理でき、プロバイダーの回線を改良することなくそのままで通話サービスを提供できる特徴があります。まさに災害に強い通話手段といえるのでしょう。

携帯電話の通話が平常に行えないなか、Skype はスムーズにつながったというニュースも、その証左といえるかもしれません。

 

基地局破損に対処する

 

基地局へのダメージというリスクに対処するには、複数の会社の携帯電波を利用できるようにするというのが最も即効性の高い解決法ですが、先にみたように、これほどの震災ですとどのキャリアも輻輳を起こす可能性があり効果的なリスクヘッジとはいえません。

そこで音声通話を提供するキャリアより、WiFi を含めたプロバイダーの回線を利用し、IP電話を利用した方がバイパス効果を期待できることを考えておきたいのです。

携帯キャリアは、3Gを提供しネット接続に力を入れています。その速度はどんどん速くなっておりメールやウェブの閲覧程度ならプロバイダー接続でなくとも不自由しません。しかし、携帯キャリアは通話品質の確保が大切ですから、今回のような災害時はどうしても通話用回線が輻輳しやすくなるのです。

IP携帯電話がもつリスクヘッジの効果

 

災害時には携帯電話はつながりにくくなるという事実は明らかです。だからこそ緊急時には音声通話を提供していないプロバイダー回線を経由したIP電話がリスクヘッジとして効果を期待できると考えられるのです。しかし、そこには課題も残っています。

現在、普及しているIP電話は、コストダウンを目的とした固定電話の置き換えが主であり、携帯電話を置き換える、あるいは補完するソリューションではありません。 Skype が唯一その代替となる可能性がありますが、Skype は携帯電話の置き換えを目指したアプリケーションではないため、電話(0ABJ 番号)にシームレスに接続するサービスとしては充分ではありません。

今回の大震災の大きな教訓の一つが、通信手段の確保であることは間違いありませんが、そのリスクヘッジの最有力の手法は、「IP携帯電話」以外、選択肢はないと私は考えています。

「IP携帯電話」であれば、電話番号は050を割り振られていますから、普通に発信、着信が可能です。しかも、インターネットに接続できる環境があれば、キャリアの電波を気にすることなく通話を行えます。

むしろ、緊急時にはキャリアの電波を経由せずに通話ができることが重要なのは申し上げた通りです。ただし、それは固定回線ではなく、無線プロバイダーであるべきです。

 

インターネットこそ有事に効果を発揮する

 

そもそも、インターネットはこうした大惨事や、あるいは戦争状態でもデータのやりとりとデータの保管を目的に開発されたものです。

現代は、民間利用が大半を占めるようになったために忘れられがちな事実ですが、インターネット(IPパケット通信)はそもそも軍事技術として開発されたものです。戦争や災害などの非常時に、その実力を発揮してこその技術ともいえるものです。

軍事目的で開発されたインターネットによる通信技術の強度が、民間利用のなかで証明された例として、震災の少し前から北アフリカで続発している、いわゆる「ジャスミン革命」をあげてもいいかもしれません。

というのは、国や政府などの権力側の規制で一時的に制限を加えられても、それを回避する通信手段を用いてインターネット環境は維持されました。その結果、あらゆる弾圧に対抗しうる民衆の組織化が行え、それが革命中でも使えていたのです。

権力側が破壊や妨害を行うなどして意図的に通信不能状態にしたとしても、IPというインターネット標準規格は迂回路を経由して通信を可能にしうる、柔軟性と強靭さをもっているのです。

中国共産党がインターネットに脅威を覚え、徹底的に管理しようとするのも、インターネットによる通信のこうした強さにあるからでしょう。

災害や、戦争や革命といったあらゆる有事のときでも強かに情報コミュニケーションを支援することができるのは、インターネットが軍事目的で生まれた技術であることに由来しているのです。

人と人をつなぐことが武器になるか、あるいは救いになるかは、人間、自然の営みによるものでしょう。しかし、インターネットが非常事態のなかでこそ、その本質的な強さを発揮することの理由は地続きなのです。

 

IT企業の有事における使命

 

災害時に大きな貢献をしうるのはIT企業であってしかるべきです。もちろんそれは災害だけでなく、あらゆる有事の際にいえることだと考えています。

技術的な拡張で、社会における情報通信のリスクをヘッジすることこそ、IT企業に与えられた使命であることを、今回の震災で再認識させられました。

まずは、IP携帯電話を含め、災害時の通信リスクをいかに軽減できるかを模索していきたいと考えています。

わたしたちが目指すのは、もちろん人と人をつなげることで、救いを生むことです。