日本発SaaSは世界のクラウドを目指す〜ソフトウェアベンダーの可能性

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岩本幸男・常盤木龍治(MIJSコンソーシアム)

そのほとんどが中小企業である日本で、クラウド普及は多くの問題を抱えている。そうしたなか、日本のソフトウェアベンダーはいかにして欧米企業と勝負していくのか。主戦場は中国に移りつつある。

中小企業はクラウドを求めない

クラウドが一種のビジネストレンドになっているかのように取り上げられています。話題性はありますし、クラウドという言葉の認知度が高まっているのは確かでしょうが、現場レベルではまったくといっていいほど導入は進んでいません。

実際のところ、導入が期待されている企業の側はクラウドについてほぼ無関心です。まず、この現状を認識するところからスタートしなければならないと思います。

岩本の本職は帳票ソフトの最大手ベンダーであるウイングアークテクノロジーズでSaas室長ですが、MIJS(メイドイン・ジャパン・ソフトウェア・コンソーシアム)というソフトウェアベンダーのコンソーシアムやASPIC(ASP・SaaSインダストリ・コンソーシアム)といった団体に携わっている関係で、さまざまなセミナーで話をする機会があります。先日も大手システムインテグレーターの情報化セミナーが大阪であり、その基調講演を頼まれました。セミナーに参加しているのは、おもに大阪の町工場の経営者や情報担当の方々です。

そこで「クラウドやSaaSでどんなサービスがあるか、聞いたことがある人はいますか?」と聞くと、50、60人の参加者がいる中で、3人くらいしか手が挙がりませんでした。情報担当といっても企業規模が小さいので専任ではなく経理や総務を兼ねている人が多いせいなのかもしれません。実際にクラウドを利用している人となると、たった1人だけでした。

もちろん、これは大阪に限ったことではありません。東京だとセミナーなどの開催が多いのでもう少し情報を持っている印象がありますが導入事例が少ないのは同様です。

なぜ日本ではクラウドの導入が進まないのでしょうか。その理由は、導入しても企業にメリットがないからです。

「サーバという資産を持たなくてよくなります、安い月額利用料を払うだけでサーバの運用コストが削減できます」

クラウドのメリットとしてよく喧伝されているのは、こういったことですが、実際に導入する側からすれば、全然違うようです。すでに会社のサーバがある。その中に会計ソフトも顧客データも全部入っている。そのような状態で、CRMだけクラウドにしたところで、サーバがなくなるわけでもなく、もともと担当者は1名だから人員が削減できるわけでもない。つまり、何も変わりません。

「資産じゃなくて月額利用料になります」と言っても、「それで何がいいの?」という感じなのです。

どこからどう見てもクラウドに固執する理由も必然性も見当たりません。数でいうと日本企業の99・7%を中小企業が占めていますが、その多くがこのような状況にあり、クラウドが普及しないのもある意味当然と言っていいでしょう。

いまクラウドコンピューティングで成功事例となっているのは、ほとんどが大企業です。大手ならサーバが減ることで従業員が1人要らなくなることも当然あるし、何十台も並んでいるサーバが半分になればコスト面でも大きな効果が生まれます。「クラウドは中小企業向き」というようなことがよくいわれますが、実情はまったく逆です。

そして、絶対数が少ない大企業のいくつかが導入するだけでは、クラウドが広く普及するわけはありません。

クラウド導入側のメリットと、供給側のインセンティブ

クラウドを導入する側、買う側の問題に対して、売る側はどうなのか。実は、こちらにも大きな問題があります。

システムインテグレーターが原価管理ソフトをライセンスで売ると1案件で1000万円、3000万円という売上になります。しかしクラウドだと、安ければソフトの月額使用料は3000円とか5000円にしかなりません。

3カ月ごとの売上ノルマを持っている営業員は、クラウドの商品を積極的に売りたがりません。クラウド系ソフトを売ってもインセンティブがないからです。クラウド系ソフト販売に合った人事考課の評価制度が整った企業はまだほとんどありません。また一方で、月額使用料が安いために、開発するプログラマーのコストも捻出できないほどなのです。

中小企業に情報技術のアドバイスを行うITコーディネーターにしても、いままでは企業にサーバを置いて、サーバの保守で利益を上げる部分が少なくなかったわけです。それなのに「クラウドでサーバ要りませんよ」では、自分の仕事を脅かしてしまうわけです。

クラウドコンピューティングに関わるビジネスでは、売る側のジレンマが大きい。売る人間がいなければ、普及しない。

これは、J-SaaSの失敗でも確認したことです。J-SaaSは経産省が旗を振って2008年に立ち上げたプロジェクトで、正式名称は「中小企業向けSaaS活用基盤整備

事業」です。日本の底上げには中小企業のIT化促進が必要だというお題目がまずありました。

では、中小企業のIT化促進には何が必要か。

中小企業には人材もいないし、ソフトウェアを自社開発するのも難しい。そこでクラウドコンピューティングを利用してSaaSを展開しようというシナリオをたてた国は40億円近い予算を組んでJ-SaaSというクラウド・プラットフォームをつくり、その上に中小企業がIT化を促進できるようなサービスをのせ、月額数千円で展開しようとしたわけです。

国主導で立ち上げた事業そのものの目的は悪いものではありませんでしたが、ターゲットの中小企業への認知度は低く導入実績も上がらぬまま推移しました。

もちろん、普及促進も行われました。中小企業にチャネルをもっている会計士や税理士に紹介を頼むことにしたのです。しかし、中小企業がJ-SaaSのサービスを使うということは、つまり会計や原価管理などのソフトを自前で用意できるようになることを意味します。会計士や税理士にとっては、自らの既得権益を侵される可能性があるわけです。

J-SaaSで支援しようとした中小企業から顧問料をとっていた会計士や税理士が、どうして積極的にJ-SaaS導入を勧めるでしょうか。一部の若い会計士はJ-SaaS導入に動いてくれましたが、ごく少数でした。

結局、J-SaaSは2年経ってもほとんど売れず、富士通が引き取ることになりました。最新の仮想化技術等を活用して効率化すれば新たな展開も望めるのではないでしょうか。

 

海外で発揮される日本企業の強さ

買う側にメリットがなく、売る側にインセンティブがない。

日本のクラウドをめぐる状況は閉塞感に覆われています。では、SaaS開発を行っている日本のソフトベンダーはどうしたらいいのか。海外展開がそれに対する答えだと思います。

海外、特に中国です。

中国の成長は著しいものがありますが、成長する体に血管が追いついていない状況です。クライアントサーバシステムなど、中国にはほとんどありません。アフリカでは固定電話が広まらずいきなり携帯電話による通信が普及しましたが、それと同じことが中国のITの世界で起こっています。いまから自分達でシステムをつくっても成長速度に追いつかないために、できあいのものをネット上で使えるクラウドが受け入れられる可能性が高いのです。

資産をもたなくていいのはその通りですし、元々自社内にサーバを持っているわけではなく、そのため、日本の中小企業でメリットにならなかったものが、中国の企業ではメリットになりうるのです。

なにより、市場の大きさは魅力です。日本では100社が使っていればそれなりの普及度といえますが、中国では100社なんて数字はどこも使っていないのと同じことです。

1万社、10万社でないとカウントすらされないのです。

「中国でソフトウェアを展開するとコピーされる」と心配する声もありますが、

10倍コピーされてもマーケットが1000倍あれば進出の価値があると考えるべきです。資金回収できないという人もいますが、売り掛けが100倍になっても売上が1万倍になれば利益は出ます。それをやらないとしたら、閉塞した日本の中で生きるしかありません。

日本のソフトウェアベンダーに問われているのは、どちらを選びますか? という選択なのです。

もちろん、中国市場を狙っているのは日本企業だけではありません。すでにマイクロソフトもドイツのSAPも入り込んでいます。しかし、マーケットが大きいのでまだまだ開拓余地は残っています。

世界の企業に採用されているマイクロソフトのCRMソリューション「Dynamics」は中国でもかなり売れていますが、それでも巨大なピザ(市場)の端をひと口かじったくらいにすぎません。ピザはまだまだあまっています。ただ、この瞬間にも彼らはシェアを広げるために攻勢をかけています。

マイクロソフトだけではありません。中国の現地企業もあります。今入っておかないと手遅れになるのは、誰の目にも明らかだと思います。

常盤木の所属する東洋ビジネスエンジニアリングは、日本のお家芸であるものづくり企業への基幹システム提供を強みとしています。従来の開発費をいただいてのシステムインテグレーションを軸足としつつも、こうした海外ベンダーの動きを睨み、日本ならではの強みを活かした原価管理のシステムをSaaSとして、日本のデータセンターから海外に対し提供しています。今はまだ、現地企業ではなく、中国に展開する日系製造業が中心ですが、仕組み仕掛けとしては、「日本発、世界へ。」を掲げ、どの国のどの様な企業にも提供できるようになっています。

どの国に進出するときにもいえることですが、中国では特に現地の流通や力関係を抑える動きが重要です。1社だとなかなかスピードが上がりませんし、コネクションをつくるのが難しい部分があります。そこで、団体として進出を支援しているのがMIJSなのです。

MIJSはソフトウェアベンダーのコンソーシアムですが、よくある弱者連合的なものではありません。正会員には、特定分野においてトップクラスか、それに準ずるシェアを持つトップベンダーが集まっています。また、準会員にはNTT

コミュニケーションズやNECなど、本当の意味での有力企業が集まっています。もちろん、こうした有力企業だけでなく、ベンチャー企業も参加が可能な組織になっています。

いくつかの成果も出始めています。MIJSは成都市および成都市のソフトウェア業界と提携を結びました。現地のデータセンターを活用し、現地の人材を採用し、現地の企業と提携してローカルに売る形で進めています。中国だけでなく、

台湾のソフトウェア協会との交流も本格的に始まりました。

日本のソフトウェアのクオリティが高いのは、間違いないと思います。「日本品質」とは海外でもよく言われることです。

たとえば、ある計算ソフトで画面の右下がピンクになる現象が出たとします。計算結果に影響はありません。海外の感覚では、計算結果はバグじゃないから関係ないとなります。

しかし、日本企業であれば原因を究明し、改善を施します。こういった細かさや精緻さを求められる領域に日本は強さをもっているのです。

岩本の所属するウイングアークテクノロジーズは、日本で帳票ソフトのシェアを50%くらいもっています。日本でなぜわれわれのソフトが売れるかというと、罫線の角にアールがついていたり、一行ごとに色が変わっていたり、細かい部分でユーザビリティを追求しているからです。

問題は中国の企業がこういったクオリティを必要とするかどうか。日本のソフトウェアのクオリティを、文化的に受け入れるかどうかということです。正直なところ、これはやってみなければわかりませんが、未開拓のマーケットの大きさを考えれば、チャレンジする価値は大いにあると思います。

原口一博氏が総務大臣だったときに出された「原口ビジョン」では、2015年までにクラウド系で2兆円のマーケットを国内につくることになっています。政府から、クラウドを使う企業に金がばらまかれるわけです。しかし、ヨーロッパは90年代に同じような保護政策をとって、国際競争力を落としてしまいました。いまは内需拡大ではなく、むしろ国境を超えていくチャンスをソフトウェアベンダーとして活かしていくことがとても重要であると思います。

閉塞している日本ではなく、海外のマーケットをどれだけ開拓できるか。ここに日本のクラウドビジネスの将来がかかっていることを、政府も企業ももう一度考える必要があると思います。