政府はITに何を求めているか〜予算の概算要求から

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大賀真吉

「事業仕分け」でこれまで以上に注目を浴びる国家予算。ITへの国の投資は、IT業界の未来を占うか? 

ITへの国家予算

事業仕分けが果たして、昨夏の総選挙の際に訴えていたほどのムダを削減できるか、また目論見通りの「公約資金」が捻出されるかというと、期待はずれの観があるが、事業仕分けによって、少なくとも国民に国家予算への関心を呼び起こしたことは間違いない。今まであまり関心を持たれていなかった国家予算だが、実際にはITに関わらず産業界に強い影響を与える。まず、国家予算の元来の目的は、日本の産業の方向付けや指針を打ち出すというもの。そのために、産業振興や将来的な技術の研究、開発に補助を行い、また具体的には企業や研究機関に対して補助金を出す。

予算自体は総額だけが往々にして取り上げられるが、たとえば23年度の経済産業省の概算要求から抜き出せば、「ITによる産業の高次化と社会システムの革新」という項目で208億円が計上されており、その内訳に「クラウドコンピューティングによる産業高次化」などの項目が並び、さらに具体的には「次世代高信頼・省エネ型IT基盤技術開発・実証事業」として17・3億円が示されている。

そして通常は、こうした事業の中で補助金の公募を行ったり、研究機関への研究委託を行う。事業の委託では、大学や団体が受け取った補助金の中で、さらに民間や研究者に対し研究や企画を公募することもある。

企業ではこうした補助金に、受託や研究機関との共同開発という形で関わることも多い。実際に私も技術系ベンチャーで、さまざまな形でこうした補助金に関わり、年度末には補助金に対する報告書を作成していた。

補助金はもちろん、数十万円から数千万、億単位とさまざまだが、こうした細かな補助金と事業の積み重ねが、日本の国家予算となる。そして、その積み重ねによって、日本の産業や研究の方向性を示そうというのが、そもそも国家予算の一つの大きな目的だ。折しも年末に向け、来年度予算の概算要求が提出され折衝が行われる時期である。昨年度予算では、事業仕分けにおける蓮舫氏の発言でスパコン予算に注目が集まったが、ITに関わる予算は一体、どのようになっているだろうか。実際に執行されるのは財務省が概算要求から認める本予算だが、むしろ概算要求のほうが提出する省庁の主張、意向を強く反映している。その主張に注意しながら、23年度最初の概算要求を見ていこう。

3つのIT関連予算

まず大前提として、ビジネスの世界では「IT」で一括りだが、国家予算におけるITの予算は大きく3つに分かれる。主に産業育成を目指す経済産業省、通信分野を管轄する総務省、大学等の研究を支援する文部科学省の3つである。

3つに分かれていると言っても、ビジネスの話だから文科省の予算が受けられないだとか、通信に直接関わっていないから総務省の予算は関係ない、というものでもない。各個の事業の理念、目的に応じてさえいれば、どの省庁かというのはあまり問題ではない。

一方で、ITひとつに3つの省庁とは、縦割り行政も甚だしいと思うが、新しい産業では研究段階を支援する省庁、産業として育成する省庁、許認可を管轄する省庁が、それぞれに予算を講じているのが現状だ。ITに限らず環境ビジネスなども、そうした傾向がある。さすがに政府もまずいと思っているのか、I

Tに関しては内閣府で「情報通信分野における概算要求状況」といった資料を公開して、3省の予算を一覧にしている。そこで、文科省から見ていくと、400億円近くが上がっている事業に予算はほぼ集中されている。「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラの構築(うち国家基幹技術部分)」、いわゆる次世代スパコン、HPCIの開発支援である。例の「2番じゃダメなんですか」発言もこの予算と深く関連したものだ。

ただ、一般レベルの企業では、ほとんどこの事業に関わることはない。

HPCIの利用も計算機リソースを提供するのも、大学をはじめとする研究機関だからだ。昨年度の場合では、あわせて38の機関がこの事業に携わっている。

文科省の予算では、この事業以外のIT関係は数億円単位と小規模だが、この予算はこの数年続けて、百数十億円が実際に本予算として認められている。つまり、文科省のITへの主張はまさしく、蓮舫議員によって質された「計算科学技術において世界最高水準を目指す」ことに尽きる。ある意味、ITのフラッグシップな存在と言えるかもしれない。

次に総務省による予算である。総務省は基本的に通信を管轄することから、ITと言ってもネットワーク関係が中心となってくる。だからなのかITという用語も、総務省関連ではコミュニケーションを加えたICTを使うこだわりを見せている。事実、予算の項目にはコミュニケーションを主体とした事業が並ぶ。

IT関連の予算は、総額でおよそ一千億円規模となっているが、大きなところでは携帯電話の不感地帯解消などの取り組みが150億、ホワイトスペースの活用に関する研究支援が250億、国際競争力強化を踏まえた研究開発支援が360億の項目が並ぶ。

最近のITトピックの中からも、電子書籍の促進に18億、グリーンICTでは32億、IT技術の海外進出支援が66億円となっている。

これ以外にも、政府共通のプラットフォーム構築など、電子政府の推進52億が計上されている。

こうした予算額の傾向として、インフラ整備にかかるとどうしても大きくなる。この場合、携帯電話の不感地帯解消は基地局設置など、インフラにかかる項目だ。そして最新分野については、手探りでまず民間への補助金から始まるため、小規模から出発することがほとんどだ。

その意味では「新規事業」を立ち上げることが難しく、そうなれば役所にとって「手柄」であり、「継続事業」となれば一安心なわけである。この辺りの話は、役所を取り上げる小説やノンフィクションなどのほうが詳しい。

総務省アクションプランこの総務省予算だが、自民党から民主党に政権が移る中で、少し概算要求の姿が変わった。21年度予算や22年度予算では、将来的なネットワーク基盤技術やユビキタス、フォトニックネットワークなど個別事業への研究支援が数十億規模で計上されていたが、今回、そうした細目が見られない。表面上は変えつつ、実際は先に挙げた「国際競争力」の大きな予算枠に含まれる可能性もあるが、もし額面通りであれば、通信技術の政策方針が大きく姿を変えることになる。

ただ、今回の総務省予算の概算要求については民主党や政府(官僚)の主張と言うよりは、前大臣の原口氏個人の持論があまりに反映されているように見受けられる。基本的に今夏、民主党代表選の前に前大臣の下で打ち出された「総務省アクションプラン2011」に基づいて要求されているようだ。

そのため、前大臣が受け入れやすい外見を整えて、細かな項目の部分では従来通りの予算を組もうと総務省官僚が苦心したと見るのは、あながち的外れでもない。また、昨年度予算の見直しでは、こうした個別の事業が軒並み削減されたことから、単純に復活させるわけにもいかず、一括りにしている可能性もある。

総務省の姿勢としては、地デジ化によって空く帯域などホワイトスペースを中心に、電波の有効活用に本格的に取り組むことをあらためて明言した。

そして、従来のネットワーク技術については具体的な支援項目は継続するものの、「海外展開」や「国際競争力」というキーワードを重視する姿勢を見せた。実際の予算の内情はまだわからないが、この2つは少なくとも総務省のメッセージと捉えることができるだろう。

 

許認可の影響力

さて、ここで総務省予算について取り上げたが、総務省がITに与える影響力はむしろ許認可にある。たとえば最近では、NTT陣営とKDDI陣営で携帯電話向けマルチメディア放送の認可を争った。また、NTTの再分割論ではSB陣営が中心となって、光インフラの分離独立が声高に叫ばれている。これらの判断の多くは実質、総務省に委ねられている。

また、先に予算で挙げたホワイトスペースの活用でも、その割り当てで主力携帯キャリア3社が水面下でしのぎを削っているし、NTTの光回線に他社が乗り入れる際の料金なども、最終的には総務省に認められなければならない。通信のあり方などネットワークに関係するITビジネスは、総務省行政が大きく影響すると言える。

さらに通常国会では廃案となったが放送法改正案では、テレビ放送を念頭に、放送(通信)事業とコンテンツ事業の概念分離が図られている。公共電波、携帯電話、有線ブロードバンドなど通信が多様化する現状に即したものと評価する一方、現在はかなり自由が認められているネット・コンテンツに対する規制論議が始まったとき、法制上でどのような可能性があるのか。野党の反対で方針転換したが、電波監理審議会の権限強化も当初は織り込まれていただけに気にかかるところだ。通信、ネットワークだけでなく、コンテンツにまで許認可権が及ぶ恐れがあるようでは、非常に大きな問題と言える。

こと総務省については、行政がITに与える影響は大きく、予算以外にも目を配っておくことが必要だ。とくに前大臣の原口氏は、以前からのテレビ出演やSBの孫氏とのツイッターなど放送通信、IT系への関心が目立ったが、今度の片山総務相は自治省出身の地方行政畑。IT関連でどのような方針を打ち立てるかは未知数である。

グリーン・ニューディールそして3つめの経済産業省は総額でおよそ780億円の規模となっているが、今回初めて創設された「元気な日本復活特別枠」が55%を占めている。

総務省予算では30%程度なのと比べると、ずいぶん比重が重い。この特別枠は、政治主導によって鳴り物入りで導入されたものだが、政策コンテストにかけられるとあって、各省庁が比較的自信を持っている事業を組み入れているケースが多いのが特徴だ。

とくに経産省の場合、産業振興が基軸である分、この特別枠の多くを占める可能性があるが、「当てれば儲けもの」だけに、いわゆる「今風」でありコンテスト向け事業とも言えるIT関連を意図的に割り振っているとも考えられる。

このように、経産省だけでなく総務省もそうだが、来年度は特別枠の存在で、従来よりも「盛った」概算要求になっており、例年と単純比較することが難しい。民主党政権らしさと言えば、これも特徴かもしれないが、おそらく本書が刊行される頃には、特別枠の結果が出ているだろう。どのような内訳になるのか見過ごせない。

さて、その780億の内訳だが、300億がリチウム電池など最先端の低炭素技術産業の立地環境整備、200億弱が革新技術の開発、180億がスマートグリッドや省電力技術によるスマートコミュニティの実証事業、IPAの運営交付金に45億というのが主要な項目に挙げられる。

ここで挙げた革新技術の開発も内実は、超低電力デバイスやデータセンターの省エネ技術など、基本的にグリーンIT路線に沿ったもので、経産省のIT予算はほぼすべて「低炭素」や「エコ」、そしてハードウェアを中心に投じられると言って過言ではない。一方で、事業仕分けで縮減評価を受けたコンテンツ事業への支援は姿を消している。

昨年、22年度の概算要求では最初の8月時点で、グリーンITプロジェクトに付いていた60億円が目立ったことに比較すれば、23年度のグリーンIT系への予算は破格の予算規模だ。いわば日本版グリーン・ニューディールの一つの核として、グリーンITを位置づける主張を見ることができる。

問われる補助金の効果

ざっと3つの省庁における予算の構成を見てきたが、気にかかるのは効果のほどだ。果たしてITビジネスが、これらの予算によって大きく変わるのだろうか。

実は残念ながら、これらの予算による補助金で大きなイノベーションが起きることはまずない。たとえば10億円の予算が付いて補助金を出すとしても、20事

業体(実際はもっと多くで分配するが)を公募すれば5000万である。

予算事業にもよるが、よほど大きなネタでもなければこれほどの補助金を獲得できないのが、ベンチャーで補助金をいただいていた立場の実感としてある。また、補助金の使い道は多くの場合、研究実費やそれにかかる人件費、展示会への出品など、ある程度限られている。当然ではあるが、「補助」金というだけあって、ベンチャーの懐事情に多少の寄与はあるが、自腹を切って自分の足で稼ぐのが大前提になる。補助金に頼るより、ベンチャーキャピタル(VC)と組んで経営計画を練るほうが、よほど早い。

それどころか、見込みのある技術にはVCから営業に飛び込んでくる時代だ。実際、多くのイノベーションテクノロジーは、VC発として発表される。10年かもう少し以前であれば、VCなどはまだ走りで、銀行の借り入れを行いたいときなどは、政府の補助金を受けていることが大きな信用になり、資金調達もスムーズだったようだ。しかし、ベンチャー投資が盛んになるにつれ、そうした意味合いはほとんどなくなっている。

もちろん、理想に近い形で使われている補助金もあると思うが、1000万円規模の中小企業でも獲得できる補助金は、V Cの選から漏れた技術や、主流でなく傍流の技術に費やされることが多い。補助金事業はイノベーションと言うより、技術や研究開発の裾野を維持するための投資と言ったほうが現実に即している部分がある。

この場合、社会が必要とする技術という果実が、世に提供され社会は恩恵を受けるが、一方でその対価が投資家に流れていくことの是非は一度、問うてみる必要があるだろう。

中小規模の補助金の実態がそうであるなら、大規模の補助金や助成金はどうであるか。これもまた、同じような理屈で企業にとって、そうありがたい話でもない。

大手通信事業者では、資金の使い道が縛られ、開発後も成果が縛られやすい補助金ベースの開発は、とても割に合わないと言う。よほど自助努力で資金を調達したり、リソースの集中で資金を捻出したほうがよい。そもそも、新規技術を考えたとき、国からの助成は必要な金額のケタが1つも2つも違う。話にならない。

またメーカーでは、工場の用地取得のような助成は、雇用だとか有形無形の義務が生まれるが活用することはある。しかし、ビジネスベースの研究開発で助成金というのはあまりない。いくらかの助成金のために、開発過程を中断したり、途中で方向性を変えたりする自由度がなくなるほうが困ると言う。

つまり、大手にとっても資金調達の点で補助金は意味をなしていない。中には「補助金も一つの付き合い。共同研究機関からの依頼や役所の面子とか、いろいろ」という話まである。

予算というメッセージ

では、国家予算は資金的にまったくムダなのかと言うと、そうでもない。

大学をはじめとする研究機関では、予算の多寡がそのまま研究費に直結する。

研究機関や研究者によって、ビジネスに直結する研究もあれば、将来的な基礎研究であったりするが、予算が多いほど研究が広がる。少なくとも基礎技術の基盤を整備するのだ。

たとえば、来年にグリーンITを中心に予算が組まれれば、多くのグリーンITの研究が各所で進められるだろう。すると、研究成果に目が向きがちだが、研究に携わった院生に経験値が付き、数年後に彼らが民間に就職すればグリーンI

Tの戦力、という見方もできる。また、多くの研究によって分野の技術水準も押し上げられる。

ムダは問題であるが、予算の使い方にはこうした側面があることも忘れてはならない。

また、企業的には用途がないと口を揃える企業人たちでも、予算は政府がどういう方針を持つつもりなのかという、数少ない政府のメッセージであると言う。

護送船団方式の時代がよかったとは思えないが、市場競争化を進める中でわれわれはメリットを享受しつつも、あらためて国際市場に乗り出そうとすると、多くの国が政官業一体となって競争している。日本が構造改革などにより、そうした体質から脱皮しつつあるというのにだ。このような時代では、企業や業界を超えた日本全体としてのメッセージが、今まで以上に必要になっている。

いみじくもNTT幹部が「NTTを巨大企業と言うが、アマゾンやグーグルに比べればはるかに小さい。今後、日本のITはどうやって世界市場に乗り出すのか」とこぼした。再編論議が話題なだけに差し引く必要があるが、ある意味、真実を射ている。日本では国際競争力の話と、国内市場の競争が、政府内ですら整理されていないのだ。現在のところ予算は、実際の支出という担保のある、唯一のメッセージと言えるが、本来的にはそれを超える確固としたメッセージが求められているように思う。混然とした予算を分離し、実効ある投資(予算)と強いメッセージを打ち出す転換期に来ているのではないだろうか。