任天堂はなぜ勝者となりえたのか〜ハードとソフトのシナジーなきプラットフォームはない

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ハードとソフトの徹底的なシナジーを追求

任天堂は玩具メーカーであると先に述べましたが、玩具開発はハードとソフトの徹底的なシナジーを追求することが前提です。新しいテクノロジーというハード的なもので「おやなんだろう」と興味を誘発させ、実際に遊び始めてからは、五感に訴える楽しさというソフトとしての面白さが必要となります。もともとハード・ソフトの作業分担という意識すらなかったのです。山内社長(当時)が「任天堂の体質」といったのはこのことで、こうした社風は岩田社長になってからもモノ作りのDNAとして脈々と流れています。

iPhoneの成功を見た日本の技術者は「技術的には何も新しくない。すぐにでも作れる」と口を揃えて言います。しかし同じようなものが市場に出てきた時、その操作感の悪さに皆閉口しました。触っていて全然気持ち良くないのです。

日本の家電の作り方は、まず仕様書をつくって、その設計図通りに製品を組みあげていくスタイルが主流ですが、それではiPhoneのような心地よい操作感は、決して実現できません。たとえば「設定」画面で上下に移動させた時、指の勢いが強くてちょっと行きすぎてフッと戻ってくる感じ。タイマー設定で時間を送る時の指の動きと時間送りのダイアルが気持ちよくシンクロする感じ。こういった「いい感じ」という曖昧な感覚は、仕様書に書けるようなものではないからです。

ある程度組みあがった実機を実際に触りながら、ちょっとでも指の動きとソフトの動きに違和感がある場合、その理由がハードの性能に由来するのか、ソフトのプログラムの問題なのかと、ハードとソフトの両面から幾度も検討し、粘土を捏ねるようにして作らなければ実現することはできません。そこには機能優先でもなく、デザイン優先でもない、本来の意味でのユーザー目線でのモノ作りが求められているのです。

意識的な鎖国体制

任天堂の閉鎖性は意識的であると最初に述べましたが、ある任天堂のキーマンはこう言っていました。

「我々は意識して鎖国をしている」と。

モノ作りとは本来、それが独自路線であればある程「本当にこれでいいのか」という自問自答の戦いとなります。しかし、その際に開放的に広く情報を収集すると、どうしても競合他社の動きが気になります。そのため、本来自分たちが目指していた方向性に揺らぎができてしまい、自信を失ってしまうかもしれません。その対策としてあえて情報を遮断することで、自分たちの信じる道を進んでいるのだと。その結果がニンテンドーDSであり、Wiiなのです。

ゲームといえば「十字キーといくつかのボタン」が当たり前と考えられていた時、ニンテンドーDSやWiiは、発表時にその目新しさから注目は集めたものの、「キワモノ」的な扱いも見られました。しかし製品が発売されてからの状況は皆さんが知るとおりです。

他社との機能競争などに陥ることなく、独自のアイデアによる製品を創造し突き進んでいくために、あえて情報を遮断する「アンチグローバル」というアプローチ。日本もかつては鎖国をすることで「茶道」「歌舞伎」「浮世絵」といった世界に影響を与える文化を熟成させていったのです。このアンチグローバルによるモノ作りの姿勢は大いに参考になるのではないでしょうか。任天堂のハードとソフトの徹底的なシナジーによるモノ作りの文化は、極めて日本的な職人技のモノ作りなのです。

実は任天堂は最初から閉鎖的であったわけではありません。過去の失敗の教訓から閉鎖的な道を選択していったのです。ソニーとの共同プロジェクトの失敗だけではなく、BS第5チャンネル・セントギガで配信された「サテラビュー」の失敗、リクルートと組んで行った「ランドネット」の失敗。すべては欧米的なグローバルスタンダードがしみ込んでいる体質の企業と、極めて日本的でアンチグローバル体質の任天堂との、モノ作りへのアプローチの違いが本質的にかみ合わない事がその原因でした。

ただし鎖国するだけではありません。「長崎出島のように少しだけ開いて、必要な情報だけを入れていく」。そこが長年のノウハウなのだと、先のキーマンは答えています。

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