ITの視点から見た上海万博レポート

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市野瑞穂

かつてない規模で開催されている上海万博は、史上もっともIT技術に注目が集まる万博となっている。躍進する中国企業のみならず、各国企業がその技術力のPRで鎬を削っている。

IT事業の起爆剤となる上海万博

上海国際博覧会( 上海万博) が2010年5月1日、開幕した。同万博には万博史上最多の246の国・地域・国際機関が参加。会期184日間で過去最高記録である大阪万博を上回る7000万人の来場を見込んでいる。中国は万博の歴史に名を残すような成功を目指しているが、上海万博は確かにいくつかの理由から、中国国内はもちろん、世界的にも印象深いものとなるはずだ。

万博開催決定当初から「持続可能な発展」というテーマの礎として、また国内IT事業の起爆剤とすべく、中国はハイテクIT技術を上海万博の目玉として準備してきた。

そのハイライトとなるのが、中国移動(チャイナモバイル)が開発した「准4G」と言われる次世代高速通信ネットワーク・TD-LTE(TD- Long TermEvolution)である。上海万博の通信基盤として使われているこのネットワークは、中国オリジナルの第3世代携帯電話方式TD-SCDMA の進化基準であり、100Mbps に達するハイスピード通信が特徴だ。

中国には中国移動、中国電信(チャイナ・テレコム)、中国聯合通信(チャイナ・ユニコム) の3 つの携帯電話通信キャリアがあり、現在はそれぞれがTD-SCDMA、CDMA2000、W-CDMA と形式の異なる3Gサービスを提供している。なかでも5億を超える圧倒的ユーザー数を誇る最大手の中国移動が、万博という晴れの舞台で世界初の4GであるTD-LTE を発表したことは、世界市場に対する中国ITの競争力の十分なPRになったと言えるだろう。中国通信設備三大メーカーのHuawei(華為科技)、ZTE(中興通信)、Datang(大唐電信)のほか、モトローラ、ノキア、シーメンス、エリクソンといった世界的な携帯電話メーカーもTD-LTE の開発に協力しており、今後参入する姿勢を示している。

TD-LTE は万博会場内の道路や東西にまたがる万博会場を流れる黄浦江の水上、および万博終了後も存続する予定である「一軸四館」(万博会場のメイン通路「世博軸」と中国館・テーマ館・万博文化センター・万博センター)など、重要拠点とそのエリアに設置されている。万博期間中は各会場周辺、自動車や船の往来などの交通状況、来場者の流れなどをリアルタイムで監視するなど、セキュリティ管理にも使われている。また、世界各国から上海万博に訪れるメディアに対してUSBドングル型のTD-LTE端末を提供。写真や原稿、ハイビジョン映像の高速データ送信を実際の性能で体験できるという。R F I D 付きのSIMカード

世界初のIT技術をウリにする上海万博の特徴の一つが、携帯電話用の電子版チケットだ。中国の携帯電話はSIMカード挿入方式だが、RFID 付きのSIMカードにすることで電子版チケットを購入してダウンロードすることができる。万博入場時には会場改札口のセンサーに数秒かざすだけ。紙のチケットと違い、チケットの物理的な配送なども不要となり、省エネで環境に優しい。またRFID 付きSIMカードを入れた携帯電話はいわゆる「おサイフケータイ」として使うことが可能であり、万博会場内のコンビニや一部のショップでの買い物も楽しめる。何よりニセモノの多い中国では、ニセモノのチケットでないことが安心という面もある。

 

ITにかける意気込み

中国移動は5・28平方キロメートルに渡る万博会場内に、会場の外の約20倍の密度のネット環境を整えており、一度に最大で80万人の通信需要に耐えることができるそうだ。

中国移動は万博会場内にベースステーションを17カ所、その他200カ所のステーション、2500以上の無線スポットを設置し、192の主な建物内のネットインフラを整備し、2G、

3G、無線と異なるニーズに対応している。ほかに、万博会場の入り口付近など、人が多く集まる場所に万博データステーション(世博信息亭)を設置。万博会場内に38のデータステーションと169台のデータマシンを置いている。一見、公衆電話のように見えるこのステーション、パネルをタッチするだけで万博会場における当日のイベントや人気のパビリオン、公衆トイレの位置、レストランのお得な情報、ボランティアがいる位置などの各種情報を知ることができる。

さらに、検索した情報を携帯電話のショートメッセージ機能を使って自分の携帯電話に送信して保存することも可能だ。各パビリオンの待ち時間の確認、指定パビリオンの予約、携帯電話のプリペイドカードのチャージや充電にも対応している。

中国移動の上海万博にかける意気込みを感じさせるのは、それだけではない。中国移動と中国電信がダブルスポンサーを務めるパビリオン「信息通信館(情報通信館)」は、上海万博最大の企業館の一つであり、もっとも人気のあるパビリオンの一つでもある。

入場とともに、来場者一人ずつに小型ゲーム機のような端末が手渡される。端末は中・日・英・韓の4カ国語に対応しており、大きなスクリーンに映し出されるアニメーションに同期した質問が映し出されたり、バイブレーションを与えたり、発光したりする。来場者たちはスクリーンと端末の両方の動きに夢中になっていた。

アニメーションはCGをふんだんに使った精度の高いものであり、また、画面の映像と同期してシャボン玉や雪などが上から降ってくる仕組みは、他の国家館でも多く見られたものであり、中国移動の上海万博に対する投資金額の多さが伺えた。信息通信館では最後に、各自の端末を使った来場者参加型の「夢を集めるゲーム」が楽しめる。ただスクリーンで映像を見るだけのパビリオンが多いなか、個性的で印象深い演出になっていたと思う。

世界初の「ネット万博」

IT関連のトピックで、もう一つ忘れてならない上海万博の特徴といえば、万博史上初となる「ネット万博」がある。万博会場および大小350のパビリオンをネット上に出現させ、ユーザーが世界中のどこからでも上海万博を楽しむことができるものだ。3DVIA Virtools などの3D技術を用い、パビリオンの周囲360度を見回したり、上から鳥瞰したりすることもできる。万博に行かずに楽しむことができるのはもちろん、万博に行く前に各パビリオンの展示内容を調べたり、それらの効率の良い回り方を調べることもできる。「ネット万博」は上海万博終了後もそのままコミュニティとして継続していく予定である。

このように、ITでの特徴を前面に出し、IT技術立国としてのPRに勝負をかけた中国だが、もちろん単純な「技術の展覧会」では終わらない。

上海万博のホスト国は、世界の経済大国になろうとしている新興国であり、同時に将来的な成長を見込める巨大市場である。自国の巨大市場が魅力的であることをホスト国は十分に認識しており、企業側も同様に戦略的に利用している。

上海万博は世界第2位の経済大国を目前にIT技術立国を目指す中国と、世界一魅力的な市場への参入を目論む世界のIT企業とのしたたかな蜜月という側面が強い。

 

中国市場を狙う各国のIT企業

2009年7月に建設を開始したアメリカ館は6000㎡あり、上海万博内で最大級の国家パビリオンの一つだ。アメリカは政府としては出展せず、民間の大手企業がスポンサーとなっている。

注目すべきはスポンサーにIT企業が多いことだ。アメリカ館の正式スポンサーであるインテルや単独PCスポンサーであるDELL。

単独PCソフトスポンサーであるマイクロソフトは、Windows などを提供するほか、各スポンサーにMicrosoft Tag(2Dバーコード)を提供。携帯電話のカメラでこのコードを撮影すれば、情報が映し出される仕組みだ。館内のネットワークはTD-LTE技術のプロバイダでもあるモトローラが請け負う。

隣のカナダ館のスポンサーには、スマートフォンのBlack Berry(ブラックベリー)で知られるRIM(リサーチ・イン・モーション)が名を連ねる。RIMは2009年12月、中国国内でブラックベリーのインターネットサービスの開始と新しいブラックベリーのリリース、中国移動のTD-SCDMA およびTD-LTE 標準をブラックベリーのサービスに導入することを発表した。さらに2010年3月には、世博局(万博実行局)とスマートフォン部門のスポンサーとして契約している。これにより万博期間中、世博局のスタッフらは万博専用の応用システムを導入したブラックベリーを業務で使用し、内部の対応にあたる。電話、メール、ショートメッセージ、スケジュール管理などの多機能で上海万博の実行をサポートするという。RIM は上海万博を機に中国との関係を強化することで、伸び悩む中国市場での展開を打破したい考えだ。

 

都市市場から地方市場を見据えて

筆者は5月の半ばに上海万博を訪れた。当日は24万人以上の来場者があったそうだが、来場者は中国の地方都市からの団体旅行者がほとんどだった。揃いのキャップをかぶり、大型バスに乗ってやってきた万博観光ツアー客だ。上海市民の姿はまだほとんどないようで、周囲の上海在住者に聞いてみても、すでに上海万博を見に行った上海市民はほとんどいないようである。

しかし、地方からの観光客が多いことはむしろ、上海万博で自社PRをするIT企業にとっては良いチャンスであるといえるだろう。たとえば、携帯電話メーカーについていえば、中国通信キャリア各社は世界金融不況の間も3Gネットワーク設備への投資を続けてきたため、地方都市においてもITインフラが整備されており、地方へと市場を拡大するのに絶好のチャンスが訪れているからだ。

 

日本の高度経済成長とのシンクロ

2010年の上海万博の開催が決まったのが02年12月。前年の7月にはすでに、08年の北京五輪の開催が確定していた。中国における01年からの約10年間は、日本における1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博の開催と同じようなものであろう。この間、中国は海外からの投資を積極的に誘致し、世界でもトップクラスの経済力をつけた。

中国政府も中国の市民も、オリンピックと万博という世界的なイベントの開催と成功を目標に邁進するなかで、世界における自らの立ち位置に自信をつけてきた。急激な経済成長を実現し、将来的にも成長を続けるであろう巨大市場を有する国で万博が行われることは、これまでも、これからもない可能性が高い。

2010年の上海万博はIT技術という意味でも、経済活動との密着性という意味でも、万博史上に残る万博となるに違いない。