電子少額決済のユーザビリティ

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楽天グループ・ビットワレットの戦略

杉本古関

近年、IT業と金融業はますます接近している。「資金決済法」の施行もその後押しとなりそうである。資金決済法を検討する金融審議会のメンバーでもあった、ビットワレットの宮沢和正氏に、Edyの今後について話してもらった。

電子マネーの現状

デジタル化した通貨のこと全般を電子マネーと一口にいうが、大きくはプリペイド(前払い)とポストペイ(後払い)の2つに分類される。さらにプリペイドは、WebMoney やBitCash などのサーバー管理型と、本稿で取り上げるEdyなどのセンター管理型にわかれる。

2010年4月の資金決済法施行以前、前払式証票規制法(プリカ法)で供託金の提出を義務とされていたのはセンター管理型のみだった。そのため現在、センター管理型の電子マネーの運営会社は、資金力の高い企業に占められている。

センター管理型の運営会社には、流通系、交通系、独立系などがある。流通系では、セブン&アイホールディングスのnanacoやイオングループのWAONがよく知られている。交通系としては、JR東日本のSuica、JR西日本のICOCA、そして首都圏の私鉄やバスで使えるPASMOなどがある。

独立系の代表といえるのがEdyである。電子マネーのパイオニア的存在として、利用店舗や発行枚数などの規模は大きい。

一般的には、それぞれの電子マネーの役割は同じといえる。現金を電子マネーに入金して、商品を購入するときに電子マネーで決済するというものだが、カードにチャージできる上限額やキャンペーンなどに応じてポイントが還元されるなど、運営会社によってサービスはさまざまである。

流通系の電子マネーに関しては、系列店でも利用できることを強みに、顧客の囲い込みが目的となっている。交通系では、乗客の乗車券購入や改札通過の利便性という意味合いも強いが、エキナカやエキチカといった、駅を中心とした商業施設の構築が進んでいる今、その一帯で利用可能な電子マネーの存在は、やはり顧客囲い込みの側面が強いといっていいだろう。

それに対して、独立系の電子マネーは、どちらかといえばプラットフォームを狙った普及が主な目的といえる。

Edyを運営するビットワレットはソニーグループを中心とした企業群が立ち上げ、2001年、電子マネーEdyのサービスを開始した。2010年1月、楽天と資本提携し、三木谷浩史氏が代表取締役に就任したニュースは記憶に新しいところだろう。

 

少額決済サービスの大きな需要

Edyは、カードなどの発行枚数で累計5700万枚、利用可能店舗は全国で20万5000カ所(2010年5月1日現在)と、発行枚数や利用可能箇所の規模で全体の50%ほどのシェアを持ち、その普及はダントツといえる。

急激に普及している電子マネーだが、Edyはどのぐらいのペースで増えているのだろうか。

ビットワレットの宮沢氏に聞いた。

「現在、Edyの発行枚数は月に70万枚ペースで増加して います。Edyが使えるおサイフケータイは、累計で約1100万台です。おサイフケータイも毎月10〜20万台ペースで増えています。

Edyが利用されているのは、コンビニエンスストアです。各社さんがEdyを導入いただけたことで、日本の主要なコンビニエンスストアの、ほとんどの店舗で利用可能になりました。コンビニエンスストアに行けばチャージもできます。

次に利用されている業界は、スーパーになります。やはり、少額の決済が多くなるスーパーでは、Edyの相性もいいと思います。

電子マネーの利用者の中心はビジネスマン層だといわれていますが、高齢な方にも利用されています。小銭での支払いが面倒な場合、カードでタッチしてお支払いしたほうがやりやすいということでしょうか」

少額のやりとりといえば、募金やチャリティも、その一つである。2008年からは「24時間テレビ」の募金でEdyが利用できるようになっている。

「1円単位で募金できるなど、今までサービスとして登場しなかった少額の決済の分野で、Edyの利用が拡大していくのではないかと思っています」

たしかに、電子マネーを使った募金は、インターネットを使えば、利用者もすぐに支払うことができる。企業側も募金のために、どこかリアルなショップで告知したり、集金したりする必要がない。

「ほかにも電子書籍についても期待しています。1冊単位ではなく、記事ごとの販売が進めば、少額決済が必要になりますので、Edyが利用される場になるのではないかということです。決済の方法が一つだけでなく、複数のなかからユーザー側が選べるようになることが大事だと思っています」

F e l i C a ポートという実装システム

ネットショッピングでEdyを利用する場合、PCに搭載されているFeliCa ポートにかざすだけで決済が可能なのをご存知だろうか。ソニーのVAIOをはじめ、FeliCa ポートを搭載しているPCは多い。

PCだけでなく、TVのリモコンにもFeliCa ポートが搭載されはじめ、TVを見ながらの決済が可能になっている。

「ソニーのTV、BRAVIAのリモコンには、手元のスペースにFeliCa ポートが搭載されています。有料放送なども、そのまま決済ができます」

情報サービスと決済サービスが近づくことは、ユーザーニーズに適っている。FeliCa ポートを活用した物流サービスとの連携も視野に入っている。

「2010年6月からは、ヤマト運輸で宅配便の決済ができるようになります。セールスドライバーさんの持っているハンディ端末に、電子マネー決済機能が搭載され、荷物の受け取りや集荷のときに、その場で決済できます。ハンディ型の機材に搭載するというのは、初めての試みになります」

FeliCa ポートが他社にはない有用な実装システムであることが見えてくる。

 

電子マネーの生むシナジー

電子マネーはさまざまな業種との連携で大きなシナジーを生みやすいといえるのではないか。

「ダイワロイヤルホテルズやホテル東急では、宿泊した方にEdy1000円分をプレゼントするキャンペーンを展開しています。複雑な販促プログラムを組んだり、面倒な手配をしたりする必要がなく、Edyを使ったキャンペーンなら手軽にできます。このほかにも先日、東武百貨店で行われた楽天主催のイベントが開催されました。楽天市場の人気店をリアルの場に出店しようという趣旨で開催されましたが、Edyの端末を各店舗分準備し、全店でEdyがご利用いただけるようにしました。Edy決済も非常に好評でした」

現在、各企業ではモバイル会員を増やす傾向が強い。そんななかで、Edyの携帯電話向けのサービスは企業にもユーザーにもメリットのあるものとなっているようだ。

「ケータイは、液晶画面と通信機能が最大の特徴です。ケータイだけで、Edyの残高や6件までの履歴も確認できます。クレジットカードを登録すれば、ケータイの通信機能でチャージをすることができます。もちろん、ケータイを使ったネットショッピングの決済も可能です」

Edyは独立系ならではと思えるサービスも展開していることを付記したい。それが「Edyでポイント」というおサイフケータイでのサービスだ。

「『Edyでポイント』は、おサイフケータイのEdyで支払いをしていただくと、あらかじめ設定したポイントが1つだけ貯められるサービスです。設定できるポイントは、貯めている方が多い9種類のポイントサービスから選ぶことができるといったものです。ANAマイレージクラブ、楽天スーパーポイント、Tポイント、ヤマダポイント、ヨドバシゴールドポイントなどから貯めるポイントを選ぶことができます。場合によっては、2重でポイントを貯めることもできます。

たとえば、ファミリーマートでお買い物をする際、Tカードを提示すると100円でTポイント1ポイントが貯まり、ANAマイレージクラブを設定したおサイフケータイのEdyで支払うと、200円で1マイルが貯まります。このように、TポイントとANAのマイルを同時に貯めることができます」

ポイントを選ぶことができるのは画期的なサービスだが、同業他社のポイントが選べることは問題がなかったのだろうか。

「私たちは、中立な立場で電子マネーを普及させたいと思っています。各企業には、その点に関して賛同していただいています。あくまでも、ご利用者の方のメリットを優先しました」

 

資金決済法が示した課題

今後、電子マネー利用シーンは多様化し、増大することが予想されるが、利用者が増え、利用シーンが増えれば、それだけ安全性などさまざまな課題がでてくるだろう。

2008年5月から資金決済法の検討が開始された金融審議会でも、利用者に対する保護と利便性の向上が議題の中心になったそうだ。

「資金決済法について、事業者間でも議論となっていましたが、サーバー型の電子マネーなどと違い、IC型のEdyではもともと十分な利用者保護を行ってきましたから、とくに大きな変化はありません。電子マネー市場全体として、資金決済法施行により利用者保護や安全性が向上することは、望ましいことだと思います」

同審議会では、アンチマネーロンダリングや為替取引とプリペイドカードの違いなどで議論が白熱したようだ。

「Edyは、現金に払戻しすることができません。したがって、Edyを電子的に送付しても為替取引にはあたらないということです。とはいえ、資金決済法によって金融庁管轄下に入ったということは、ますます厳格なコンプライアンスが求められ、利用者保護が十分でない業者は淘汰されていくでしょう」

 

Edyの考える電子マネー

「ビットワレットは、設立して10年になりますが、一貫して生活環境の利便性向上を目的としています。ライフスタイルを変えたいということですね。発行開始当初から『簡単』『便利』『スピーディ』という標語がありましたが、最近では、それに加えて、『楽しい』『お得』といったことをテーマにしたいと思っています。

『楽しい』ということであれば、現金を使うシーンでエンターテインメント性を持たせることです。Edyで支払いをするとき、『シャリ〜ン♪』と音がするのもその一つです。支払ったときに、爽快感がでるように音にはこだわっています。

そして『お得』ということであれば、どこでも使える、いつでも使える、誰でも使えることを目指さなければなりません。そのために、利用店舗の拡大は必須となっていますし、インターネットでの利用も対応していかなければならないと思っています。

楽天グループに入ったことで、さまざまなサービスをさらにスピーディに展開していけるのではないかと感じています」