「広告宣伝は、本当のことをわかりやすくお客様に伝えるだけでいい」

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株式会社ウェブクルー代表 青山浩

 

構成・文/田所永世

人生の転機は何度か訪れる。

転職、引っ越し、結婚、保険……。我々はその選択の指針をネットに求める。きわめて現代的な行為と言えるだろう。読者のなかで、その社名は知らなくてもウェブクルーの比較サイトを利用したことがないと言い切れる人は少ないはずだ。

マンガの登場人物になった社長

マンガ家の西原理恵子さんが魚屋をやっていると聞いたのは去年の暮れ。15年前からの読者として気にはなるなあとブログをチェックしたところ「札幌の市場から、北海道中の漁師さんから、直接買いです。青山社長と私で、業者さん漁師さんをまわるに、驚くほどうまくて安い魚貝類。なんで私らのもとに来る間にこんな高くなってんの。漁師さんに正当な対価が支払われてないやんと、いつもの西原節。

文中の「青山社長」という名前に聞き覚えがあって調べたところ、広告マンガなのにガチンコでFXやって、リーマンショックで1000万円が消えたという『西原理恵子の太腕繁盛記』に出てきたIT社長だった。そもそも西原理恵子さんに広告を依頼したのが、FXキングの親会社であるウェブクルーの青山浩社長だったわけで、いわば今回のネットの魚屋「サイバラ水産」は再タッグのようなものだ。

 

ボクシング中継でも話題になる

株式会社ウェブクルーとはどんな会社か。ホームページを見ると、普通の会社とは違って目もくらむような細かさでいろいろなサイトがリストアップされていた。「サイバラ水産」をはじめとして、「保険見直し本舗」「中国火鍋専門店・小肥羊(しゃおふぇいやん)」「e│ 旅.net」「引越し比較.com」「車買取比較.com」「バイク買取比較.com」「ピアノ買取. ねっと」「結婚サービス比較.com」「持ち家計画」「施主支給パラダイス」「優良老人ホーム安心相談室」「ヘリ・飛行機売買情報」なんてものまであった。

どうやらカカクコムのような、商品・サービス比較サイトをジャンルごとに多数提供している会社らしい。そのなかで「保険見直し本舗」のロゴに見覚えがあった。気になってさらに調べてみたところ、亀田兄弟との対戦で有名になった、元WBC世界フライ級チャンピオン内藤大助選手のスポンサーだった。亀田大毅選手に両手で持ち上げられた際に、テレビに大写しになったトランクスのお尻にロゴが入っていたのだ。当時の映像を見直すと、トランクスの前面にはウェブクルーの文字もあった。

この試合による同社の広告効果は、一説によると10億円とも見積もられている。試合の翌日から、「保険見直し本舗」への問い合わせは通常の20倍程度に増え、ウェブクルーの株価も急激に上昇したという。

今やと国民的マンガ家となった西原理恵子さんといい、王者は陥落したもののお茶の間の人気タレントとなった内藤大助選手といい、ウェブクルーの広告における人材の起用は、おそるべき慧眼と言える。その秘訣を聞こうと、渋谷のウェブクルー本社に青山社長を訪ねてみた。

 

博打は博打と説明してあげないと

マンガのなかでは「藤山寛美がでっち小僧の衣装を着て出て来た」とかわいらしく描かれている青山社長だが、その経歴は想像以上に華やかだ。

1997年に東京大学法学部を卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。だが、3年後にはあっさり銀行を辞めてM&Aコンサルティングに入る。いわゆる村上ファンドとして知られた村上世彰氏の会社だ。

自らの投資会社キャピタルギャラリーを設立して独立し、マザーズに上場したITベンチャーのウェブクルーに資金提供するかたちで社長に就任する。ITよりも、むしろ金融に詳しいイメージだ。保険比較サイトであったウェブクルーが、FXキングで一躍有名になったことも頷ける。

FXキングに連載された西原理恵子さんの広告マンガは衝撃的だった。なにしろFX投資を勧めるはずのものが、いかに大損こいたかということばかりが描かれている。

それでどうして宣伝になるというのか。だが実際には、マンガを見てFXをはじめた人は多かったらしい。広告を見ての参加かどうかは明確にはわからないものの、FXキング投資家の3割以上が西原さんのファンだったという調査結果もある。

広告宣伝は、本当のことをわかりやすくお客様に伝えるだけでいい。それが青山社長の信念だ。

「FXはぼくの見るところ博打です。その危険性を理解してもらわずにお客様に勧めるのは詐欺ですからね。損をするリスクもあるけど大儲けするかもしれない。FXという金融商品の魅力を伝えるには西原先生がもっとも適任だろうと思いました」

青山社長によれば、FXでは投資家全体の5%くらいしか儲かっていないという。参加者の95%がお金を失うのであればたしかに博打だ。それでも宝くじよりは勝つ確率はずっと高い。同じ夢を買うならばFXのほうがいいと参加する人は必ずいる。

だが、もし「FX=博打」という真実を伝えて、お客様がついてこなかったらどうするのか?

「きちんと理解してもらって、それでも人が集まらないのであれば、世の中に必要のないサービスというだけのことです。こういう仕組みだから興味があったら参加してね、という呼びかけだけで成立しないビジネスは、やっても仕方ないですよ。それなら別のことをやればいいだけの話です」

実際、競合優位性がなくなるとみるやさっさとFX事業は畳んでしまった。面白そうなことは何でもやる

ウェブクルーの魅力はチャレンジ精神だ。まるで先見の明があったかのような、西原先生や内藤選手の起用は決して未来を見通す予知能力の成果ではない。「面白そうなことはなんでもやらんと」という青山社長のポリシーのもと、数えきれないほどの失敗のうえに成り立つ成功例なのだ。

たとえば最近、ウェブクルーは「話題のアニメ映画『エヴァンゲリヲン新劇場版』とコラボレーションしたバッテリーシリーズ『電力補完計画』」なる製品を発売した。

何かと見れば、iPhone やニンテンドーDSi などの携帯情報端末に使える汎用外付バッテリーだが、人気アニメのキーワード「人類補完計画」にひっかけて、商品が広まる工夫をしている。「電力補完計画」をグーグルで検索したところ約4万件のヒットがあった。コラボレーションがなければ、ここまで話題にはならない。

メイン業務である比較サイトについても、保険業者比較、引越し業者比較、車買取業者比較といった誰もが考えつくようなものから、結婚サービス業者比較、ピアノ買取業者比較、優良老人ホーム相談と、選択の幅を広げてきた。

ネットでも安心して買える魚屋を

「サイバラ水産」も、比較サイトにとどまらない新しい試みの一つだ。

「ネットにおけるイーコマース事業はまだはじまったばかりで、これから市場規模はどんどん広がっていきます。物流と決済の技術が進歩すれば、市場は海外にまで広がりますから。手遅れにならないうちに参入しようと、利ザヤの大きい商材を探したところ海産物に行き当たったんです」

青山社長によると、いわゆる海産物の浜値(漁師さんからの買い値)は、消費者価格の15%程度らしい。85%が輸送業者や小売店といった、中間業者のふところに入ってしまう。これが農産物になると、生産者の取り分は35%。海産物は生ものであるがゆえに、輸送コストがばかにならないのだ。

「サイバラ水産」だって例外ではない。現在のところ扱っている海産物は決して激安とはいえない。質のよいものだけを提供するというスタンスのせいもあるが、新参者がいきなり業界を改革できるほど世の中は甘くないのだ。現地で直接買いつけるにしても、既存の市場や漁協には筋を通して行儀よくやらないといけない。

だが、漁業関係者だって、決して現在の状況がいいとは思っていない。物流システムに対する不満が高まっていけば、近い将来、必ずなんらかの改革がある。そうなったときこそが、本格的なビジネスチャンスだ。そのために今から布石を打っているのだ。

今のところ「サイバラ水産」は「ネットの美味しい魚屋さん」の一つにすぎない。質の良い商品を提供して、ブランドイメージを高めることに注力し

ている段階だ。

実はネットの魚屋は、消費者が自分の目で商品の現物を確認することができないがゆえに、質の悪い商品を売ろうと思えばいくらでもできてしまう。舌の肥えた消費者は二度と買わないかもしれないが、市場が広いゆえにリアルな店舗と違って客が減ることはない。よほどのことをしなければ悪評が広まることもない。

だが、そんな売り方は間違っていると青山社長は力説する。

「うちは不味いものは絶対出すなと言っています。工業製品じゃないんで、なかにはたまたまハズレが混じってしまうこともないとは言えませんが、お客様からクレームが来たらすぐに代替品を送るようにしています」

世の中に必要とされるビジネスである限り、自然と客はついてくるはずだという青山社長の信念が、その裏にはある。

 

ネットにおけるブランドの確立を

同社は単にネット上でさまざまなサービスを提供するだけではない。将来的にはすべてのサービスを統合して、楽天やヤフーのような誰もが知るブランドを打ち立てることを目指している。

その名も『ズバット』。すでに裏ではシステムの統合は終了し、今は表のプラットフォームをつくっている最中だ。

「たとえば、うちの引越し業者比較サイトを利用したお客様がいるとしましょう。するとその方の現住所がわかります。その近辺にうちがやっている火鍋のお店があれば、サービスを利用していただいたお礼にクーポン券を送るんです。毎月2万通送ると、そのうち200組が来店してくれて、売上が300万円くらい立ちます」

保険加入、引越し、住宅購入、結婚というウェブクルーの比較見積サービスは、いずれもお客様の人生の転機にあたるもので、重大な個人情報を握ることになる。それがマーケティングに利用されることへの不安はないのだろうか。

「お客様から入力していただいた個人情報はマイページでお客様自身も見られますから、もし嫌ならいつでも消していただけます。便利な機能だからいろいろ提案してほしいという方は使っていただければいいし、そうでない方のデータは残しません」

青山社長の考えはいつも明確だ。会社が無理に「買ってくれ」と言わなくても、良い商品、良いサービスであればお客様から「売ってくれ」と言ってくるはずだ。会社はそのための機会を提供するだけでよいのだ。

だから会員を囲い込むという発想はまったくない。青山社長が構想するのは、今よりももっと開かれたネット社会だ。

「会員数にはあまり意味はありません。たとえば大手予備校の東大合格者数を

すべて足したら、実際の東大の定員よりも多くなるでしょう。あれは一度でも模試を受けると会員扱いになるからです。それと同じように、たとえばあるサイトがどんなに会員数を増やしても、その人たちがいつもそこを利用するわけじゃない。大事なのは会員数ではなく、実際にお客様に使ってもらうことです」

たしかにヤフーや楽天はいくつものサービスを持っているが、消費者はたとえば書籍はアマゾン、化粧品は楽天、ニュースはヤフー、検索はグーグルと使い分けている。そのなかの一つとして、比較見積はズバットと覚えてもらうことが当面の目標だ。

「そのための方策として、今年はTSUTAYAのTポイントのように、他ブランドとの連携を考えています。互いにお客様を還流しあうことができれば、広告費が削れて、お客様へ利益を還元することができる。誰もが得をするサービスになるでしょう」

失敗をおそれないウェブクルーのチャレンジが、どのように結実するのか注目したい。