金融業の概念を変えるIT

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変わる「財産権」の概念

少額決済と電子決済の相性では、一例として、SNSのような情報の流れとお金の流れが一致するような業界でニーズが高いと感じています。また、ネット上での物々交換などでも有効だと思います。コミュニティにおいて情報の対価を支払うような、カルチャー系と相性がよいのではないでしょうか。実際、そうした業界の方からもよく相談を受けます。

アップルのiPad やアマゾンのKindle をはじめ、電子書籍が最近よく話題にのぼります。こうしたカルチャーを担っているコンテンツ産業においても、電子決済は重要な役割を果たしていくだろうと予測しています。

コンテンツ産業は今、非常に注目されている一方、著作権など無形の財産の保護も課題となっています。ただ、日本国内にいると気づきにくいですが、そもそも日本は、コンテンツの価値に対価を支払う意識、そういうモラルともいえる感覚が、非常に進んでいます。無形のものであっても恩恵を受ければ、なんらかのかたちで報いる、報いたいという意識が、人間関係が希薄化したといわれる現代でも、根強く残っているのではないでしょうか。

また無形の財産と言いましたが、財産という概念もITによって変わってきています。財産権というとみなさん、「これは私の物で、あれは彼の物」といった区分を想像されるでしょうが、これは所有する区分を示す考え、いわゆる所有権の概念に当たります。しかし、それ以前に所有することの価値、つまり「それは財産であるのか?」といった大前提の概念や認識が大きく変わってきています。

たとえばブログにしても、お金を払ってでも読みたいブログもあれば、本や雑誌といった著作物に引用することでお金(権利)が発生するブログもあります。どこまでが金銭的には無価値であり、どこから先が価値ある財産と呼べるのか、非常にあいまいになっています。お金を払う価値のある財産であるか、また財産であるなら一定のプロテクションを講じる必要がある、といった考え方が今まで以上に大切だと思います。

そういう意味では、資金決済法の枠組みも同じようなことが言えます。当初はサイトや店舗での利便性から発行元と利用者が納得ずくで、比較的狭い領域で利用されていた決済が、広く普及することで一般化してきたということであれば、その仕組みや利用者のためのプロテクションも必要だということです。

 

IT業界が迫られている課題

IT業界は急速に発展したことで、ある意味、規制のない、もしくは少ないところで比較的自由にやってきた。その自由度がよい方向に働いて、ITはベンチャーワールドで育ってきました。そして、そのことが業界の活性化につながってきた。この点は評価すべきことです。

しかし、ベンチャーであるがゆえに企業の合併や売却なども多く、親会社と子会社などの力関係も強く働くといった不安定さも持っています。決済会社のPayPal にしても、ユーザーをはじめ社会からの安心感は、単にこれまでの実績だけでなくeBay という大きなIT企業が親会社であることも一つの理由ではあるでしょう。そのような意味で、ベンチャーから成長し巨大産業となったIT業界には、今後、信頼性を生みだすコンプライアンスが求められる部分が強くあると思います。

コンプライアンスは本質的には、しばしば和訳される「法令遵守」という言葉から単に、法律を守りましょうという話と思われがちですが、これはIT業界に限らず、日本の企業がよく勘違いをしていることです。

「法的責任分解点」という言葉があるのですが、どこまでが負わなければならない責任か、また訴えられたときはどこまでリスクを背負うのか、そういう責任区分はどんな仕事、業務にも存在しています。こうした企業にとっての法的責任を確実に把握する、そういったリスク管理、これはガバナンスやCSRにもつながりますが、それがコンプライアンスのもっとも重要なテーマです。コンプライアンスは「法律を守ろう」「ISOなどルールを尊重する」といったイデオロギーではなく、まぎれもない企業統治の一手段なのです。

今でこそ複雑化しましたが、元はといえばITはデータをAからBに移す、こういった作業を受託したり、その相談に乗ってコンサルティングを行うようなところから出発しました。そのため、企業の責任というのは十分に理解していますが、急激な成長もあって社会への責任をどう考えるかという視点では、課題も多いと思います。

そのように考えると、今回の資金決済法はIT業界、IT企業の今後の試金石となるのではないでしょうか。

資金決済法では、その規制部分に注視して、業界の自由度が制限される法律という見方があります。一方で、新たなビジネスチャンスと捉える向きもあります。しかし根っこの部分には、もっと大きな意味合いがあるのではないでしょうか。一般に、ネットは社会のインフラ、といわれるようになってきました。ここで決済という社会に不可欠な機能を担うことで、本当に公共的な立場に、ネットは就くことができるのか、それだけの責任を果たしていけるのか、そういった試練の場だと思います。

決済は商品やサービスと異なり、とにかく資金がきちんと相手方に着かなければならないという点で価値評価がはっきりしているものです。少額、高額にかかわらず、社会に対して決済の安全性という責任を負うことにもなります。つまり企業活動で重視される効率性や利便性ではなく、確実性や安全性が最重要になってきます。これは、実務をかつてやって

いた立場だからわかるきつい決済の一面です。

自由闊達に、目標に向かってがんばっていればよかったIT企業が、今度は社会的責任という強い枠を背負って、社会の大きな一翼を担う産業として、さらにもう一皮むけるか、これからがさらなる正念場なのではないでしょうか。資金決済法が拓く新しいIT

資金決済法はこのように、単なる法整備でなくIT業界に非常に大きな問題を提起する、エポックメイキングな出来事になりえます。にもかかわらず、当事者のIT企業は必ずしも、表立って盛んに活動しているわけではありません。もちろん、私の研究室に相談に来たり、研究会を開いたりしていますが、むしろ今は今後のビジネスモデルを考えるなど地道な取り組みに終始しているように見えます。

資金決済業への参入に躊躇しているように見えるのは、IT業界で目端の利く人ほど、今、自分たちがどのような場に立たされているか、真剣に受け止めているためではないでしょうか。

繰り返しになりますが、社会に対する決済の役割とそれをビジネスとして行う責任は非常に重いものです。これにIT企業がどのように応えることができるか、世間の耳目が集まることでしょう。今までITが携わってきた責任に比べ、はるかに高いハードルをいかに乗り越えるか、それで評価されてしまうのですから慎重になるのも当然だと思います。

しかし、これを乗り越えれば、ITはさらに大きな可能性を切り拓けると思います。

これまでもITの進展はビジネスだけでなく、社会の商流と金流を大きく変えました。そして商流ではITやネットの占める役割が大きくなりましたが、金流では、いわゆる狭義の金融業が規制・保護されていたため、表面的にはITサービスであっても、内実は金融機関が行っているケースも多く見られました。ただ仕組みがどうであれ、事実上ITによって金融サービスは多様化し、また複雑化している。その結果、既得権益で金融サービスを独占できるはずの金融業も、IT抜きに成立しない時代となっています。

そのような状況下で、資金決済法がきっかけとなり、ITというインフラにさらなる可能性を与え、もしかすると既存の例外規定である銀行法で守られた金融ビジネス全体を大きく変えていくかもしれません。

資金決済法の施行でIT企業は、今までのように金融機関に看板や名義を借りることなく、堂々と決済業に参入できるようになりました。しかもIT業界には、大手金融機関以上に信用力を持っている企業もあります。資金決済法が銀行法に大きなインパクトを与え、IT産業が金融業とより融合するということも視野に入ってくるでしょう。

元来、産業には新陳代謝が必要です。よその血を入れて新しい産業を生みだし、経済も活性化するような仕組みがなければ、業界は旧態依然となり陳腐化するだけです。資金決済法も、活性化を進める一つの薬なのかもしれません。

IT産業が資金決済法という壁を乗り越えられるか、今後のIT業界の取り組みに、大きな期待を寄せています。

 

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