BABYMETALが壊すカベ

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小中千昭

BABYMETALはなぜ強固なジャンルの壁を越えることができたのか? ネットに蔓延するオリジナリティ信仰に対するアンチテーゼとしてのアイドルグループを『BABYMETAL試論』(アールズ出版)の著者が探る(第2回)。

オリジナリティの呪縛を開放するBABYMETAL

BABYMETALを初見で見た人の反応は「何だこれは!」「今まで見たことがなくて何かスゴイ!」というポジディブな驚きです。理由はうまく説明できないけれど、謎のパワーがこもった先制パンチをくらって一気に引き込まれる。40代から50代以上の男性たちまでもがそうなります。BABYMETALのサウンドには、常識や固定観念を飛び越えるエネルギーがあって、リスナーが普段とらわれている枠組みを外してくれるのです。

まずBABYMETALは「メタルとはこうあるべきだ」「音楽とはかくあるべき」といったカベを取っ払いました。

メタルは70年代から80年代を中心に隆盛し、90年代にかけてはメタルというジャンルを撹乱させるリンキンパークがヒット曲を生み出したものの、そうじて2000年代には停滞気味だったジャンルです。そうした歴史を経るなかで、メタルといえば「ヘヴィなリフ」「バンプ」があるべきといった様式ができ上がりました。

おかげでコアなファンは着いて来るものの、新規のファンにはハードルが高くて入れない。新しいことをやろうとしても、メタルらしい様式から外れると、コアなファンから非メタルの烙印を押される。そんながんじがらめのような状況が生まれていました。

そんな中でBABYMETALは、メタルにアイドルやJ-POPを持ち込んでレガシーな様式が作っていたカベを取り払い、「好きな音楽はこうあるべきだ」から「音楽は何を好きでも良い」という自由を取り戻してくれたのだと思います。もちろん賛否両論ありますが、Judas Priestのロブ・ハルフォードなど数々の大物とのコラボを通して、メタルバンドと認める論調もあります。

もうひとつ、BABYMETALは、日本が陥っている「オリジナリティ信仰への呪縛」を開放する力を持っていると私は思っています。

近年、日本ではオリジナリティを貴いとする信仰が強くなっており、原典の流用をまるで親の敵のように嫌います。オリジナリティが、ある日突然生まれるものではないことを、なぜだか多くの日本人は考えないようにしているのかのようです。そして同時に、前衛的なことをやる人に対する拒否反応がものすごく強く、一層状況が難しくなっています。

音楽でいえば、名曲のリフやバンプをきちんと踏襲することを、リスペクトやオマージュでなく、単なるパクリと見なす傾向が強いのです。

対してBABYMETALは洋楽のリフやバンプをそのまま使っています。形式を借りることに躊躇がなく、そこからオリジナリティを生んでいきました。これは白人がリズム&ブルースを取り入れた流れと同じといえるでしょう。

日本人は本来、表現に対しておおらかな部分を持っていたはずなのですが、近ごろとても窮屈になっています。ネットの世界では「ある作品の元ネタはあれだろう」「これはパクリでけしからん」とつるし上げが盛んに行われ、私たちはウンザリしながらも、相手を納得されるような上手な反論ができませんでした。BABYMETALが、そんなオリジナリティ信仰へのアンチテーゼを担うことを望んで止みません。

 

Writer:
小中千昭 Chiaki Konaka / 脚本家・作家
映像ディレクターとして活動後、1989年にホラービデオシネマ『邪願霊』に脚本家として関わる。以降数多くのホラー作品を手がけ、90年代から現代に続くジャパニーズホラーの原型を作った。さらにアニメ、映画、テレビドラマへ活躍の場を広げ、「serial experiments lain」「ウルトラマンティガ」などに脚本を提供。近年はBABYMETALに衝撃を受け、WEBサイト『BABYMETAL試論』を開設した。著書に『恐怖の作法 ホラー映画の技術』(河出書房新社)、『BABYMETAL試論』(アールズ出版)などがある。
Photo credit: Mike Babiarz / CC BY
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