日本人はいかにしてトイレを愛するようになったか

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飯嶋 徹

便所、厠、雪隠などなど、日本語にはトイレを指す名称は数多い。かくほどトイレに思い入れのある日本は、独自のトイレを進化させてきた。日本のトイレ文化を考える。

もうブームは去ったかに見えるが、日本のシャワー便器は世界に衝撃を与えた。

洗い、そして紙でも拭く。日本のトイレは清潔に保たれ、公共施設のものであれ、かなり管理や清掃が行き届いている。

意外に思われるかもしれないが、下水道が完備され、現在のようになるまでトイレは恐怖を感じるものであった。

数十年前、トイレは直に汚水タンクに直結し、またがる形の和式便器は二メートルほど先に“ブラックホール”が見えた。子供達は夜中のトイレが怖く、そして臭く、その穴への恐怖のあまり親が一緒についていったほどである。

私の知人は幼児の時、実際落ちた。その姿は想像にお任せしたい。

また最近であっても学校でトイレを、主に固形のほうだが、できない小・中学生の子供がいる。子供たちが排便をからかうのは世界的らしいが、学校での排便にほとんど恐怖を感じてしまうのは日本だけではないか。

過去の原体験からか、排泄が生理活動にもかかわらずタブー視されている裏返しなのか、日本のトイレは清潔、安全、そして不安の解消に邁進してきた。

シャワー便器だけではない。便器の蓋のカバー、マット、トイレに流せる掃除用シート。これらは大抵パステルカラーで安心感を醸し出す。トイレットペーパーですらも例外でない。先日英国の雰囲気を味わえると書かれたカモマイルの香りのするトイレットペーパーを見たときは、「英国にそんなものはない!」とさすがに苦笑を禁じ得なかった。

さらに過剰なのは、病院や多くの施設にある、便座を除菌する液体。あれは謎である。

他人が座った便座に座ることで感染症が防げるという確たる証拠は特にない。当たり前だが、その後に充分に手洗いさえすれば問題はない。だが、トイレへの畏怖と他者への恐怖、日本人のかつて恐怖を感じたトイレは過剰に神経質とも言える清潔性や安心感の要求までに至っている。

日本人は恐怖の原体験から、トイレを溺愛するようになったのだ。

この愛について私は、日本人がプライベートな空間を持てないことによる裏返しとも考える。トイレでマンガを読み、化粧を直し、近頃ではトイレに食事を持ち込み食べる「便所飯」なるものまで現れた。これはひとりきりの個室でなければ安心できない、今の日本人の姿の一部を反映している。

日本のトイレが隅々まで清潔なのに感心する時には、日本人のトイレへの愛を感じて欲しい。またこのような個室でしか安堵できない姿には、ひとりの狭い空間でしかプライベートを感じられない日本人の孤独を、どうか感じてみてほしい。

そのように見れば、なぜ日本人の多くがトイレにこれほどまでに固執するのかの一部を想像できるかもしれない。

愛と恐怖のあまりトイレの周辺を改良し続ける日本人の情熱とはなんなのかを。

こんなにトイレばかりに固執する日本人は世界的に見て不思議なのは変わらないが。

 

Writer:

飯嶋 徹 Toru IIjima

メディア、コミュニケーション、体験、モバイル分野のプロディーサー。テクノロジー、社会学、文化全般に関する雑誌、Web、書籍への寄稿も多数。

 

Photo credit: Robert Basic / CC BY

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