ネット空間の映し絵としてのトーキョー

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飯嶋 徹

日本の首都圏の風景が退廃的な未来都市の原型となって30年以上の時が経った。東京は今もまだ、その様相を日々変えつづける。もはやネット的カオスさせ思い出させる東京の風景を語る。

 

サイバーパンク。多くの人にとって大ヒット映画『マトリックス』などのイメージだろう。その始まり、ウイリアム・ギブソンによる小説『ニューロマンサー』はインターネット以前のものであったし、ネットが当たり前になり、仮想現実も実用化されつつある今ではかなりの古さを感じさせる。

だが現実が追いつき、その後のSF作品が遺伝子操作やポストサイバーと言われるものになっても、まだ記憶をチップで書き換えたり、世界中の記憶がネットワークされてしまうほどにはなっていない。A.I.もまだまだこれからだ。ポストサイバーといわれる作品群における問題提起は、かえって現在がサイバーパンク的状況になっていることを示しているかもしれない。

サイバーパンクのイメージの多くは日本が影響している。

マトリックスは日本のアニメ映画、『攻殻機動隊』をスポンサーに見せて説得したし、最初の退廃的なサイバーパンク的イメージを示した映画と言われる『ブレードランナー』の美術は監督が当時の歌舞伎町からインスパイアされたそうだ。

日本にサイバーパンクを感じるのは、都市と人。なのではないかと思う。

先の大戦で日本の都市は焼き払われた。そこから奇跡の再建を遂げた大都市は、「景観だ」、「合理性だ」の範疇を超えて人々の欲求のままにほぼ無秩序に発展した。

あらゆる光の看板、どこにでもある大型ビジョン、大きさの揃わないビルや店舗。そして、鉄道や道路もニーズに合わせて延長し続けた結果、複雑怪奇まるで網状のネットワークになってしまった。

知人のアメリカ人は、日本の路線図を見て私に聞いた。これは、どことどこが近いのか?

いや私にもよく行くところしか分からないんだ、と答えるしかなかった。

インターネット以前から日本の大都市はまるでWebのように、玉石混交、新旧入り混じった建物と効果があるのかないのか不明の光の宣伝物たち、位置関係の不明な交通網。今から見ればネット的なカオスだ。またゲーム的なダンジョンとも言える。東京に攻略本の必要なのは未だに日本人の地方在住者向けに案内本が売れ続けていることが教えてくれる。毎年、都市のネットが拡大しているのだから。

そして日本の通勤風景はサイバーパンクのもう一つの側面、ディストピアを想像させる。正確な時間に会社に着く、そのためだけに整然と駅に集まり、時間通りに行くことだけを目的にしている。エリートがハードワークなのは世界的にも分かるが、通常のビジネスマンが毎日異様なまでの緊張感を持ってクロックワークに会社に到着せねばならないのは、かなり不思議だ。少し遅れたところで支障のない仕事がほとんどだと思うが。無論日本は自由で民主的な国だが、ともかく通勤風景だけはSFの管理社会そのものだ。ある意味では、人間のほうが自らデジタルに身体を作り変え、サイバー化しているともいえるだろう。

カメラで少し暗めに色を抑えて、あるいは反対に色を大げさに東京の看板や建物、あるいは整然とした通勤風景を写真におさめればきっと近未来の姿が部分部分で発見できるはずだ。

ところで前述のニューロマンサーではチバシティが舞台で、サイバー都市という設定だ。が、現実の千葉駅はごくごく普通の街並み。SFファンにはあまりオススメはできない。

 

Writer:
飯嶋 徹 Toru IIjima
メディア、コミュニケーション、体験、モバイル分野のプロディーサー。テクノロジー、社会学、文化全般に関する雑誌、Web、書籍への寄稿も多数。
Photo credit: Trey Ratcliff / CC BY
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