アニメやマンガが古典・教養になる時代〜アニメが描いた日本の現在と未来④

Pocket
LINEで送る

稲田豊史(構成・文:3rd.mobi編集部)

現代の日本人のコミュニケーションを支える教養とさえなったアニメ、マンガ作品。もはやアニメやマンガ作品なしに、共通理解を得るのは難しい世代に? 『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎)著者の特別連載・第4回。

 

「現行車がザクだとすると、開発中のニューモデルはシャア専用ザク並みに速い」

 

アニメやマンガは、作品(作者)対自分の間で繰り広げられる1対1の真剣勝負です。力の方向はインタラクティブではなく一方通行のため、得られる体験は個人的かつ内向的なものになります。

現在3、40代の日本人が子どもの頃、当時の大人たちは「そんな役に立たないものを見ていないで勉強しなさい」「どうせ遊ぶなら外で友だちと野球でもしなさい」と子どもを叱ったものでした。

幼い頃の私たちは親の正論に反抗する言葉を持っていませんでしたが、もしいまタイムマシンがあるなら、過去に戻って親にこう言い返したいと思います。「アニメとマンガは友だちと話しをする時の大事な共通の話題で、立派なコミュニケーションツールだよ。それに、信じられないかもしれないけれど、今から20年後には教養のひとつにもなってるんだから」

当時、絶大な人気を誇った『ドラゴンボール』『ドラえもん』などの作品を、子どもたちは、テレビやマンガ誌を通して、同じタイミングで見ました。放送、発行があった翌日はその話題で持ちきりです。そうやって同じ作品を楽しみ、作品から得た知識を共有した子どもたちが、社会の中核を担うまでに成長したのが現代です。

するとどういうことが起きるのでしょうか?

新規クライアントとのビジネスシーンで「弊社の殺虫剤は強力です。例えるなら、そう、かめはめ波並みに」という具合に、共通する作品知識(ここでは『ドラゴンボール』)をベースにした言葉が、公の場でも飛び交うようになるのです。

インターネットの掲示板などを見ていると、世の中の事件や事象を、かつて皆が親しんだ作品に例えるユニークな表現に出くわします。

 

・次のiPhoneは、モビルスーツに例えるとどれくらいすごいのか?

・トルコで起きたクーデターを1年戦争に例えて解説する

 

「モビルスーツ」「1年戦争」は、いずれも『機動戦士ガンダム』内に登場する用語。話者はこれらの用語を操り、巧みな比喩で事物を説明し、時に鋭い批評すら行うのです。ちなみに、本稿のタイトルにある「ザク」「シャア専用ザク」は『機動戦士ガンダム』に登場するモビルスーツ名。シャア専用ザクは量産型ザクに比べて「3倍のスピード」であるという設定を知っていてはじめて理解できる比喩です。

『ドラえもん』のひみつ道具がITの特定概念を表している、なんてこともあります。「宇宙完全大百科」は世界のあらゆる情報を網羅している事典ですが、その仕組みは「星1個分の物理ディスクに納められた膨大なデータにアクセスして、情報を閲覧する携帯端末」です。これは、現代のクラウドコンピューティングの概念に他ならないと思いませんか?

フィクションの言葉を現実世界に持ち込むことは、何も日本特有の事象ではありません。現実の出来事を描くハリウッド映画を見ても、劇中のセリフにキャプテン・アメリカやバットマンといった、同国では国民的に浸透したアメコミヒーローの名称が違和感なく登場することがあります。

西欧において、多くの人が「教養」として説明なしに理解できる比喩の参照元は、ながらく聖書やギリシャ神話といった古典が定番でした。現在でも、多くのフィクション作品に聖書や神話のエピソードや用語が挟まれます。しかし今では、アニメやマンガもその役割を果たせるほどになっています。まさにアニメやマンガの古典化・教養化といえるでしょう。特に日本ではこの傾向がどんどんエスカレートすると思います。

そしてありがたいことに、アニメやマンガは聖書や神話に比べてかなり読みやすく、比較的短い時間で楽しみながら内容を吸収できます。教養がこれほど簡単に身に付くなんて、実に素敵な時代になったものです。

 

%e3%82%bb%e3%83%bc%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%83%bc%e3%83%b3

 

稲田豊史 Toyoshi Inada / 編集者、ライター
映画配給会社、DVD業界誌の編集長、書籍編集者を経て2013年にフリーランスとなる。得意分野は、映画、マンガ、アニメ、女子論ほかポップカルチャー全般。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)など。
Photo credit: Domenico / CC BY
3rd.mobiで読む(英文記事)
Pocket
LINEで送る