ウェブは“空間”を資源化する〜ソーシャル時代の情報空間論 第2回

ARCHIVE
テキスト 鈴木 謙介
社会学者 関西学院大学准教授

オンライン(ウェブ)とオフライン(リアル)との間における、ヒト・モノ・カネ・データの交通が激しくなっている。O2O、オムニチャネル、IoT……、キーワードは無数にあり、ウェブとリアルの融合は進む。では、リアル空間がウェブ情報と切り離せなくなったとき、それぞれをどの視点から評価すればよいのか? 内包される問題について、精力的な活躍を続ける社会学者が論じる。

前の記事を読む→第1回

情報空間とは何か

次に、考察を進めるにあたって現状で起きていることを概念的に整理し、どういった点に問題があるのかを明らかにしておきたい。

まず先に述べた「情報が空間を生み出す」という作用について、そこで生み出された空間のことを「情報空間」と呼んでおきたい(決して洗練された呼称ではないが、シンプルであるに越したことはない)。より厳密に定義するなら、情報空間とは、「デジタル情報技術によって物理空間に生み出された意味の空間」ということになるだろう。

意味の空間とは、その空間がもつ意味を中心に定義される空間のことだ。簡単な言い方をすると、私たちは「部室」だとか「私の家」、「馴染みのバー」など、その空間が果たす機能や所有関係、個人的な思い入れなどの「意味」を、現実空間の中に見いだしながら生活している。こうした意味が空間のあり方を定義することで、私たちはその場にふさわしい行動を取ることができるのだが、この「意味」が、情報技術によって生み出されるようになったことで、「情報空間」と呼んでいる空間が生まれたということなのだ。

もちろん、情報空間のような空間はデジタルメディアでなければ生まれないわけではない。アナログなメディアにも、空間の意味を生み出す力はある。たとえば看板や交通標識は、そこにお店があること、そこが駐車禁止区域であることを通行人に知らせることで、一種の情報空間をつくり出している。それがスマートフォンの画面で見られるようになっただけなら、看板や案内板の生み出す意味とデジタル情報技術が生み出す意味のどちらも、物理空間に対する影響は変わらない。デジタル情報技術ならではの空間に対する影響には、大きく言ってふたつある。ひとつは、空間がどのような意味を持つかという点に対して、もうひとつは、空間の意味がどのように生み出されるのかという点に対してだ。

空間の意味には、その空間が本来持っている性質を明示し、わかりやすくするというものがある一方で、その空間とは何の関係もない、特定の個人や集団にとっての意味を示す場合もある。つまりは「空間からの意味の独立の度合い」による違いがある。

空間からの独立度がもっとも低い意味の空間の例としては、スマートフォンのアプリなどを用いた「ゴルフ場のナビゲーションシステム」がある。これは、あらかじめ登録してあるゴルフ場のデータと位置情報から、ボールの飛距離やグリーンまでの距離を測定するというもので、スマートフォン向けアプリのほか、単体の端末としても提供されている※3。こうした機器によって「ゴルフ場」という現実空間は、「グリーンまでの距離が○ヤードなので、×番のアイアンを使う」という分析が可能な空間になる(まるでゴルフゲームのように!)。いわば「空間の解像度が上がる」のだ。

その一方で、その空間からは独立した、「空間に新たな意味を付与する」というケースも考えられる。電通、パナソニックなどが2010年2月に実施したイベント「光のマジカルクエスト」では、大阪市北区の阪急三番街北館を舞台に、電波のつながりにくい屋内でも限定的に利用できるGPSを用いた「宝探し」が行われた。イベント参加者にGPS受信機やタッチパネルが搭載された専用端末を貸し出し、端末に表示されたマップを見ながら、秘密が隠されたポイントを探っていくというこの試みは、ある空間一帯をまるごと情報空間にしてしまったという例だ。

とはいえこの場合にも、空間の意味はその空間に関係付けられたものになっている。だが、その空間とはまったく関係のない意味が、ある空間の中に生まれるというケースもあるのだ。

2009年7月に発売されたニンテンドーDS向けのゲーム『ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人』には、「すれちがい通信」というDSの機能を利用して「宝の地図」と呼ばれるゲーム内イベントをダウンロードできるというシステムがあった。すれちがい通信とは、電源の入ったニンテンドーDSどうしが近くに来ると、ユーザーが何も操作しなくても自動的に無線通信が行われ、ユーザーの情報を交換したり、ゲーム内のアイテムを相手から受け取ったりできるという機能だ。この機能で入手できる宝の地図の中には、入手の難しいアイテムが手に入れられたり、キャラクターのレベルを上げるのに向いていたりするものがあり、こうした地図を「すれちがい」によって入手することが、ゲームの醍醐味になっていたのだ。

とはいえ街を歩いていて偶然、同じ『ドラクエⅨ』をプレイしているユーザーと出会い、すれ違う可能性は高いとは言えない。そこでプレイヤーたちの間で自然発生的に生まれたのが『ドラクエⅨ』のプレイヤーが集まり、すれちがい通信を行う場所、通称「ルイーダの酒場」である。ルイーダの酒場とは、ドラクエシリーズにおいては「冒険者の集う酒場」として知られている場所だ。プレイヤーはここで仲間となるメンバーを集めることができるのだが、プレイヤーたちはそれに見立てて現実空間を「『ドラクエⅨ』プレイヤー=冒険者の集まる場所」に仕立て上げたのだ。

興味深いことに、すれちがい通信はその特性上、通信を行う相手ユーザーとの会話を必要とするわけではなく、そもそも誰とすれ違ったのかを確認することも困難である場合が多い。そのためルイーダの酒場における宝の地図の交換も、彼らがそこで会話をするのではなく、黙って『ドラクエⅨ』をプレイしたり、ただその場に立っていたりする間に行われていたのだ。傍目にはルイーダの酒場は、それと知っている人間以外には「なぜかニンテンドーDSで遊んでいる人が会話もせずに集まっている場所」にしか見えなかっただろう。つまりこのとき、ユーザーたちから見れば「ルイーダの酒場」という情報による「空間の意味の上書き」が行われていたのである。

※3 GPS計測のリアルゴルフシミュレーションソフト「GOLFな日」http://mapple-on.jp/products/golfnavi/